2009年08月21日

脱官僚政治



脱官僚政治と言うけど、政治家主導の政治で本当に政治が良くなるのかは大きな疑問として残ってしまいます。
結局は官僚をうまく使っていかないと政治家だけでは限界があるような気がします。
膨大な資料は、政治家ではなく官僚が準備するわけだし。

要するに、『官僚』と言う制度をうまく変えていく必要がありますね。
天下りにしても、完全に撤廃なんて言うことは簡単ですが、慣習として残っている、『動機が事務次官になったら退職』というものをなくさなくてはいけません。
これから先、食っていくために『天下り』と言うものができてしまっているわけだし、また業績評価が難しいことから、『天下り』という自分の業績が評価されるシステムが必要となってしまっているのも現状です。
もちろん、天下りがいいか悪いかは全く別の話ですけどね。
要するに、必要悪の状態になってしまっているのです。
このことを考慮せずに完全撤廃なんて言うのは賢い方法ではありません。

また、完全に不祥事をしていると思われる官僚、例えばC型肝炎なんて良い例だと思いますけど、こういう官僚を罰せない、もしくは罰さないシステムも問題ですね。
消えた年金問題も想です。
明らかに犯罪です。
にもかかわらず、たいした罰もなしにのうのうと未だに働いている役人がいるわけです。
民間では考えられません。

確かに、民間と全く同じにしていてはうまく回らないこともあることはわかります。
しかし、民間と感覚があまりにもかけ離れすぎて、また不透明なところが多いために国民は官僚に対して不振・不安を持っているように思えます。
何でも撤廃なんて、誰でもできるようなことを人気取りのために大きくぶち上げるのではなく、賢い方法を模索していってもらいたいですね、民主党には。

まずは、『霞ヶ関語』(あってるっけ?)のような官僚しかわからないような、こそくな暗号を撤廃するところから初めてみてはいかが?笑
posted by Higuma at 17:11 | 愛媛 ☀ | TrackBack(0) | 時事・ニュース | 更新情報をチェックする

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